カテゴリー「DVD」の記事

出来るだけネタバレなしで紹介したいと思います

砂上の楼閣

 大学生の頃。友人Beeが、
「砂丘で映画を撮る」と言い出したことがあります。Beeの脳内を満たした妄想をわたしの脳内で映像化し、その一部を文章に変換してみます。

 雪に覆われた砂の丘を歩く長い髪の女。着物に裸足。手には死の国の赤花の束。
 点々と続く足跡。
 W.O.(ホワイト・アウト)

 過去と現在が交錯するストォーリィの鍵となる謎の女が、わたしの役らしい・・・・・・。
「ロケ地は・・・・・・」とBee。当時、ロケ(学生の自主制作につき旅費は自前)を厭わず何処にでも現れ、スタッフも兼任できる女優として重宝がられていたわたしでしたが、寒いのが大の苦手でしたので、Day for Night 方式を提案しました。「Day for Night 」つまり、「アメリカの夜」とは、ハリウッドから広まった撮影技術で、カメラのレンズにフィルターをかけたり特殊レンズを使用したりして、夜のシーンを昼間に撮影し、昼を夜に見せる、いわゆる「嘘っぱちの夜景」のことなのですが、フランソワ・トリュフォー監督の映画を描く映画、『映画に愛をこめて アメリカの夜』では、様々な撮影技術が登場し、わたしはその技法の一つ、雪のシーンの撮影法を推奨したのでした。
「砂丘に洗剤を?」とBee。
 そう! 化学消防車に出動してもらって、アワアワの消火剤を撒いてもらうのです。
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 ・・・・・・・・・・・・・・・
 実現不可能なことのたとえに「砂上の楼閣」という言葉があります。
 ・・・・・・・・・・・・・・・ 
 結局のところ、Beeは冬の大砂丘も泡立つ砂丘も断念し、脚本は大胆かつ無難に変更されました。

 そんなことを思い出した旅でした。
 
   
<おすすめ度:★★★★☆:好き嫌いだけなら最高級に好き♪> 

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痛めつけあう男と男の見苦しさ

 カナダのバンクーバー近郊を流れるアダムス・リバーの4年に1度の風物詩、サーモン・ラン・・・・・・などの映像を見たことがあるという人は多いのではないでしょうか。
 って、いいますか、鮭の遡上というのは、とってもポピュラーです。よね?
 産卵のために母川(ぼせん)を遡上する鮭の大群・・・・・・ソコには戦いがあります。自然との、天敵との、仲間との。
 ほん-のう【本能】動物が生まれながらにもっている性質や行動力・・・・・・ってこれかしらん? とか、エロスとタナトスが表裏一体である・・・・・・ってマジなんだわ! とか、思ったりしませんか???
 父はアダムス・リバーに出掛けたことがあるようですし、ヨン兄さま(某韓流俳優に似ていないこともない、上品な雰囲気の実兄)は東北地方で暮らしていたとき、某川へ見に行き、
「途中で捕まえるなんて残酷だ」といいながら「新巻鮭、送っておいたから。まあ、なんていうかすごいよ。鮭の遡上は」って。Yなど、いつだったかTVを見てて、感動のあまり涙しておりました。・・・・・・そして、ドイツもコイツもこういうのです。
「たった一発のために、ココまでやるんだ・・・・・・(絶句)・・・・・・」

 わたし、自分が♀鮭だったら、途中で熊に食われちゃってると思いますぅ・・・・・・。(←やる気なし)

 初老のベストセラー作家ワイクと彼の妻の若き浮気相手マイロが壮絶な駆け引きを繰り広げる映画・・・・・・などと紹介される『スルース』(2007)。その戦いは、鮭の遡上を髣髴とさせる。
 ・・・・・・まあ、聞いてください。
 母川の河口で自己紹介しあった二尾は、上流を目指します。軽く体を合わせ、ヒレで小突きあったりしながら。血統の良さ、財力がウリの鮭アンドリュー・ワイクと、何よりも若さと美貌がウリの鮭マイロ・ティンドル。第一ラウンドは、滝登りのジャンプでワイクがタイミングよくティンドルを叩き、ティンドルは流れから跳ね上げられてしまう・・・・・・ってカンジ。です。
 この戦いの面白いところは、最初の目的・・・・・・ワイクにとっては妻の愛人を追い払うこと、ティンドルにとっては恋人からその夫を切り離す(離婚させる)こと・・・・・・が、「単なる目的」に成り下がり、戦いそのものが目的となるといったところではないでしょうか。
 アマゾンの映画の紹介では、二人の男の知性と理性がぶつかりあう・・・・・・などとの文字が躍りますが、わたしは、ワイクとティンドルに知性を感じませんでした。非理性的で感覚的にして、原始的。本能を駆使して戦っているようにしか見えません。鮭ワイクと鮭ティンドル・・・・・・なのです。
 この映画は、痛めつけあう男と男の見苦しさを堪能すべき映画で、とっても下品です。
 大体、遡上する鮭の群れなんて、オンナノコ的には気持ち悪くもあります。自然を盛り込んだ映像、静かなナレーションと情緒をあおるBGM、カメラ・ワークと編集のおかげで美しくも果敢なレースに見えるだけで、LIVEで目撃しようものならグロテスクだったりするでしょう。
 だけど、まあ、エロスにしろタナトスにしろ、究極の下品にして、時に高尚で洗練された至高の美であるわけで、危険な戦いに没頭してしまう♂の原始的な魅力(しかも、飛切の美貌の俳優が演じている)に、こういうのもありかしら・・・・・・と、感銘を受けたのでした。
   
   <オススメ度:★★☆☆☆:♂の生態観察にうってつけ>

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DANIEL CRAIG in 『 ROAD TO PERDITION 』

 周到にプランを練って演技する俳優・・・・・・という印象。脚本がよく練られている(原作あり)、撮影がいい、というのもあるだろうけど。

 『ロード・トゥ・パーディション』の Daniel Craig as Connor Rooney 。登場は父親の書斎、ソファに寝転んで煙草を吹かしている・・・・・・というシーンだったと思います。で、アップの唇が印象的なの。それは、
《エロティックで素敵♪》って類のものではなく、独特の不快さ。
 物語は、その不快さを置き去りにしたまま先に進み、父親に打たれて泣いちゃうところで、不快感の意味が分かってきたような気がしました。フロイトのいう(フロイトに関しては、J.D.サリンジャー『フラニーとゾーイ』の件を引用したいぐらいなのですが)口唇期固着を上手く演じていると思うのです。ダニエル・クレイグは単なる二代目の馬鹿息子を演じているのではなく、コナーには、サディスティックで野心と羨望心が目立つが、核の部分は受動的、受容的であり、他人に依存する心が強く、孤独に耐えられない・・・・・・といったようなキャラクターが与えられていて、それを心得て演技しているのだと断言しておきましょう。
 彼の最後のシーンに至っては腕と顔(鏡に映る一瞬)だけなのだけど、
《ちゃんと全裸で撮ってるんだわ》って思わせるほどで、コナーの最期に相応しいシーンを片腕だけで巧みに、そして主役とか脇役とか関係なく、楽しんで演じているのに違いありません。

   
   <おすすめ度:★☆☆☆☆:男を育てるのは男でしょう>

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