仁風閣
中国地方屈指の明治建築。迎賓館(赤坂離宮)や京都国立博物館を設計した片山東熊(かたやま とうくま)による。
リーフレットには、
明治39年9月着工。明治40年5月完成。
建築費約4万4千円。(当時、鳥取市役所の年間予算額は5万円)
皇太子殿下(後の大正天皇)の山陰地方行啓の宿舎として使用された。
「仁風閣(じんぷうかく)」は、皇太子殿下に随行した海軍大将東郷平八郎の命名。・・・・・・などとあります。
フレンチ・ルネッサンス様式を基調とした・・・バロック風な軒飾り・・・云々・・・ということですが、あまり時間がなくてゆっくり出来ず、残念でした。
受付の男性に、
「写真を撮ってもいいですか?」と尋ねますと、展示資料の接写は禁止ですが、その他は大丈夫とのことでした。(チケットにもその旨書いてありました)とても感じの良い方で、下駄箱へ案内してくださったり、帰り際には、庭(宝隆院庭園:池泉回遊式庭園)の散策を薦めてくださったりしました。
なんと「謁見所」や「陳列所」、庭園内「宝扇庵」は、利用料を払えばレンタルできるのです。ここでミーティングなどするとやる気が出そうな気がしますが、飲食不可です。
木造建築。絨毯を敷き詰めてあって、直接木の上を歩くわけではないけど、自身の重みが絨毯を通して木に伝わってる感じがなんともイイカンジでした。自分ちのフローリングでは絶対に味わえない感触。
中には入れないようにしてあった(と思う)のですが、「御寝所」だけは畳敷きでした。床より上は他の部屋と同じ雰囲気の全くの洋室で、普通に絨毯が敷いてあるはずなのに畳が敷いてあるという、よくよく考えたら妙な部屋です。それが建築当時からのものなのかは分かりませんでしたが、最もプライベートな部分は畳にという、時の皇太子殿下の要望があったということだったのかも・・・・・・と想像してしまいました。それにしても、唐突に畳の部屋が現れても、すぐには違和感を感じないものなのですね。
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