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2008年10月

『れいがひょういしている!』

 年若く希望に満ち満ちている頃、人々は、漫然と誘われた合コンにも気安く参加できます。
「合コンするけどいかが?」
「うん!行く!」
 だけど、年を重ねる毎に、オトコノコはいざ知らず、オンナノコには、「何か」が必要になってきます。「彼、恋人、パートナーを求めて合コンに勤しむ自分」なんて、あんまり認めたくないものなのかもしれません。「運命的に出会った感」も大切だし。
「合コンなんかじゃ出会えないわ」・・・・・・その台詞には、自覚があるないにかかわらず、根深いものがあるのです。

 そこで。
「彼ちゃまと、そのお友達なんかと肝試しに行こうって話があるんだけど・・・・・・」
 女ひとりじゃ何かと不便だから・・・・・・と、参加を呼び掛けてみますと、トモちゃんがお友達を連れてきてくれることになりました。
 逢魔時、車2台分の男女で、おどろおどろしいスポットへ。
 徒歩でちょっとした山道を行く集団。この中に黒目がちな、美人だけど地味な女の子がいました。トモちゃんの後輩だというメグちゃんでした。で、彼女はみみちゃん(←あらわたしのことじゃん)の腕に腕を絡ませて歩いていました。その理由を、みみちゃんは後で理解はできないけどなんとなーく知ることになるのですが、その時は、
《オンナノコにくっつかれるのなんて、よくあることよ》って気にしていませんでした。
「本当に、出るの?」って不安がるオンナノコに、オトコノコが、
「大丈夫だよ」なんて答えています。その時、メグちゃんの手に力が入りました。何かに脅えるように、みみちゃんの斜め後ろへ下がります。おかげでみみちゃんは、ある一点を中心に、コンパスの鉛筆側のように引っ張られました。
 どれくらい歩いたでしょうか、公園っぽいスペースが広がりました。どんよりと水を湛えた池には、誰だか分かんない銅像が立っていたりして刻限が刻限だけに、不気味でした。崩れそうな階段の先には何やら建物がありそうです。
「怖い」って涙目のオンナノコに、いかにも軽そうなオトコノコが、
「ダイジョーブ、ダイジョーブ」って。同じ言葉を二度繰り返すと、軽薄さが増すのは何故でしょう? 
 そのケーハクくんが、ナミダメちゃんに手招きし、手を差し伸べながら階段を上がりかけた時、鋭い声が飛びました。
「そっちはダメ!」
 メグちゃんです。ただならぬ形相でした。
《腕が痛いわ・・・・・・》ってギュッと掴まれたみみちゃん。
 
 わたしたち探検隊(←いつからだよ?)は、これ以上の捜索を断念することにしました。
 っていうか、元々の、真の目的は「合コン」でしたから。
 マジで肝試すなら、それに相応しい装備で相応しい時間帯に行くでしょう?
 夕方、ちょっぴり怖いスポットを散策してドキドキ感を味わい、それを恋のトキメキとすり替えてしまおうという心理作戦でもあったわけです。興奮冷めやらぬうちに、めくるめく酔いの宵いへという仕掛けです。
 
 パーティーはイイ感じに進む予定でした。だけど。
 酔いが回ってきたのかメグちゃんが饒舌になってきました。そして、
れいひょういしている!」とかなんとか。指差されたのは、ケーハクくんでした。


   れいひょういしている!』~中編~に続く。

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。。。。。。。『19日の食卓』

 タイミングって大切よね。

 外すとこうなる。
 
<10月19日の食卓>

 実家でいろいろ。

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そんな恋ならしないほうがまし

 パジャマ・パーティーの映画は、アイちゃんがタイトルだけで選んだレンタル・ソフト。
 観終わった彼女は不満げでした。
「問題が解決していないんじゃない?」って。
 主人公カップルに襲いかかるのは、宗教、人種、文化、習慣、世代・・・・・・の壁。社会や家族は二人を引き裂こうと躍起。迷い戸惑い、素直になれず、思いやりを忘れて衝突。だけど離れがたい恋人たちに、
「男がしっかりしろ!」って、ご立腹。「恋人より家族が大事なんてどうよ?」「そんな恋ならしないほうがまし!」

 国というか世界を救って何もかも、ついでに恋も大団円って筋書きの恋ならしないほうがマシっていうなら肯けますが・・・・・・。
 
 ケン・ローチ監督作品は初めて観ました。
 労働者階級や第三世界からの移民たちの日常生活をリアルに描くイギリスの巨匠。・・・・・・などと紹介されるのですね。
 その彼の「珠玉のラヴ・ストーリー」ですって。

 二人の出会いは音楽室。音楽教師ロシーンは、生徒とコンクールの特訓中。そこへ飛び込んでくるカシム。課題曲が《Ae Fond Kiss》で、それが映画の原題です。そのことについては、軽く検索にかけると誰もが言及または引用しているので、ここでは、《きらきら星変奏曲》を取り上げましょうね。
 あら?《きらきら星変奏曲》といえば、あの《きらきら星》ですね。ということは、あの話は単なる前座だったのね!

 ロシーンが、カシムとその仲間に、別れた夫の所から自分の部屋へグランドピアノを運んでもらうシーンがあります。帰ろうとするカシムに聞こえてくる曲、それがロシーンが弾く《きらきら星変奏曲》つまり、フランスの歌《ああ、お母さん、あなたに申しましょう》による12の変奏曲(ハ長調)なのです。そしてエンド・クレジットにも使われる曲の一つでもあります。

 ああ!
 ママ、あなたに言うわ
 ・・・・・・・・・・・・
 なんて甘いのかしら?
 愛が心に忍び込むのは!

 モーツァルトが、そんな恋の流行歌を変奏曲に仕立てたのは、
「恋ってヴァリエーション豊かなものだよ」っていいたかった・・・・・・わけでもなさそう・・・・・・・で、単なるウケ狙いのような気もします。
 が。
 《きらきら星》お歌つきを十八番としていたと思われるわたしは、今でも《きらきら星変奏曲》が好き。そのヴァリエが恋みたいだから。
 右手と左手が追いかけっこしたり、交差したり、ある時は煌びやかに、ある時はかわいらしく、不協和音が顔を出すことも、時に短調、アダージョにアレグロ。拍子だって変わっちゃう。
 一つの恋をとってもそれは良くも悪くも展開していくものだし、相手がかわって同じ轍を踏むように思えても・・・もちろん懲りない人間のすることですもの傾向ってものがあるでしょうけど・・・それは新たな Variationen 。
 同じ相手との恋でも、・・・それは想像ではあるけれど・・・タイミングが違えば結末は違っていたかもしれないっていえるくらいに。「互いに想いあっている」という条件付きですがリピートする価値だってあると思います。

 恋愛に結論やゴール、大団円なんてものがあったらかえってコワイでしょう? ハッピーエンドは一瞬のもので、それがリアル。ロシーンとカシムや彼らが抱える問題に決着がついたら、ケン・ローチ作品である意義がなくなっちゃう。

 それでもヴァリアシオンは生まれていく・・・・・・そんな恋のお話。なのかも。
    
     
 
 忍び込む愛が甘く、
 零れ落ちる愛が苦くても。
 恋のない人生なんて。
 

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『種と仕掛け』

「ダネくん、お誕生日なんですって」って、みみちゃんのママ(←あら、わたしの母じゃん!)は言いました。「パーティーにいらっしゃいって・・・・・・」
 
 母の証言に基づき、再現しています。

「えー、約束しちゃったのよ」
「嫌!」
「どうして?」
「ダネくんイケズ(意地悪)だもん」
「好きなお友達も連れていらっしゃいってダネくんママが・・・・・・」
「猿は嫌い!」(←こらこら)

 母の用意したプレゼントを持たされ、お友達とともにダネくん宅へ連行される破目に。
 幼稚園か小学1、2年生の頃と記憶しています。
 コドモたちの合コン(?)はママ友同士でセッティングするものですが、「ダネくんのお誕生日を祝おう」というコアなコンセプトがあるにもかかわらず、本人たちに自覚が無い分、盛り上がりに欠けるものです。オトコノコはオトコノコで群れて遊び、オンナノコはオンナノコで固まって遊んだような気がします。
  
 さらさらと時は流れて。
 オトナになっても交流せずにオトコノコはオトコノコで群れて、オンナノコはオンナノコで固まってしまうことがあります。幹事の力量にもよるのですが、この若葉マーク的失敗を回避するには、主題・概念・素材・核・・・・・・といったものが有効です。バーベキューをしようとか花火をしようとか、「出会い」以外の目的を持たせることです。最悪の場合、「新しいお店や話題のお店へ行ってみよう」・・・・・・でも構いません。
 そして、個人レベルでは、やはり、それぞれが自覚することが大切です。
《同性と交流しに来たのではない。大義名分(何か事をするにあたっての根拠。やましくない口実。) が立っているのをいいことに異性と交流し、今回はハズレでも、次につなげる!》・・・・・・です。一般参加であっても、次は幹事を引き受けるぐらいの気力を持ちましょう。

   
 
 なお、この「テーマに沿った」「コンセプトのはっきりした」「マテリアル感たっぷりの」「コアな」合コン(←いったい何だというのでしょう?)は、首尾よく行ったとき全く都合がいいといえるでしょう。彼(彼女)を友人知人に紹介するときなど美しくお披露目できるからです。
「BBQパーティーで知り合ったの。友達の友達よ」
「この間の花火で意気投合したっていうか、過激に盛り上がっちゃってさ」
 ・・・・・・まあ、お馬鹿といえばお馬鹿ですが、「合コンで知り合った」という端的な事象も、具体的に表現することで重厚感というほどではありませんが、それなりの重みが増してくるものです。詩的に表現すればローマンスぅっぽくなるし、ね。


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ああ!なんて甘いのかしら?愛が心に忍び込むのは!

 Zwölf Variationen in C
 über das französisches Lied 《Ah, vous dirai-je Maman》
 KV 265
 
 フランスの歌《ああ、お母さん、あなたに申しましょう》による12の変奏曲(ハ長調)
  
 1778年22歳。モーツァルトは、当時フランスで流行っていた恋の歌をもとに変奏曲を作りました。

 19XX年5歳頃。みみは、法事の席で《きらきら星》を弾きました。しかも、お歌つき。ノー天気揃いの親戚たちは、拍手喝采してくれたことでしょう。

 2007年春、実家に置いたままのピアノを移動させたくて、専門家を呼びました。にこやかに名刺を差し出したのはKさん。調律師でした。
「久しぶりの調律ですね」って。
 最後の調律は、妹が亡くなった後、わたしが実家を離れる前・・・だったでしょうか。その時は、別の調律師が、
「一般家庭のピアノで、こんなに使われているのはなかなかありませんよ」って、驚いていました。・・・・・・まあ、妹とわたしで隅から隅まで弾いたピアノですし、妹なんてブラームスのハンガリー舞曲第5番が十八番で、わたしといえば・・・・・・。
「お嬢さん、覚えていますよ」って、懐かしげなKさん。「このピアノの最初の調律を担当しました。調律師になったばかりの頃で、本当によく覚えているんです」
 彼は、ピアノ内部の「調律カード」を見せてくれ、小さなわたしがモーツァルトを弾いてくれたと笑います。

《きらきら星》お歌つき・・・・・・に違いない!

 ああ!
 なんて恥ずかしいのかしら?
 思い出が呼び起こされるのは!

 もちろんその頃は、モーツァルトなんて知らなかったし、《きらきら星変奏曲》=《ああ、お母さん、あなたに申しましょう》による12の変奏曲で、恋の歌だったなんて知る由もありません。
 だけど今、この曲を弾くと恋している気分になるから不思議。デス。

 ああ!
 なんて甘いのかしら?
 愛が心に忍び込むのは!

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